【アラベスク】メニューへ戻る 第16章【カカオ革命】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第2節 手作りの魔力 [16]




 頭上に叩きつけるような怒鳴り声。里奈はそれでも、首を竦めながらも聡を見上げる。
「あるよ」
「あるようには見えねぇな」
「だって」
「だっても何もあるか。だいたい、自分がどれだけ情けない人間かがわかってるんなら、そういうところから見直していくもんだよな」
 嘲るように口元を歪め、鼻で笑う。
「お前のわかっているは、信用ができねぇ」
「やめなよ」
 苛立ちを抑えるかのような声に、聡は笑みを消した。振り返る先で、美鶴が本当に苛立ちを顔に滲ませている。
「言い過ぎだ」
「何? コイツを庇う?」
 今度は美鶴へ向って一歩を踏み出す。
「お前、わかってるのか? お前はもっとマトモな人生を歩けてたはずなんだぜ?」
「なんだよ、その言い方。私の人生はもう終わり、みたいな言い方なんてするな」
 私はまだ高校生だぞ。
「だいたい、お前の言い方だと、私の人生はまるで台無しみたいに聞こえるじゃないか」
「でもよ、コイツとかかわらなければ澤村ってヤツにとっ捕まる事もなかったしよ、それ以前に」
「それは今は関係ないっ」
 捲くし立てるような聡の言葉に、思わず大きな声で反論してしまった。美鶴は瞳を閉じる。我ながら感情を出し過ぎたとは思ったが、今さらどうしようもない。眉間に寄っていた皺を無理矢理に消し、目を開く。
「今は関係の無い事だ」
「だけどよ」
「それに、それは私と里奈との問題だ。お前には関係ない」
 関係ない。
 その言葉が深く突き刺さる。
「お、俺は関係ないかもしれねぇけど」
 何で自分がショックを受けているのかもわからないまま、とりあえずは平静を保とうとできる限り声音を和らげる。
「だからって、なんでいまさら田代を」
 そこで聡はハッと身構える。
「そうだよ、なんでお前が田代と俺の間になんて」
 口に出した途端、全身が重くなるような錯覚に陥った。愕然としたとでも言えばいいのだろうか?
「なんでお前が、俺と田代を会わそうとだなんて事を」
「ツバサに頼まれただけだ」
 罪悪感のようなものが広がる。振り払うように声を出す。
「頼まれただけだ。だから私は」
「でも、協力はしてくれなかったよね」
 小さいがハッキリとした声に、美鶴も聡も首を動かす。視線の先で、里奈が上目遣いでこちらを見ていた。
「協力、してくれなかったんでしょう?」
「え?」
「ツバサに頼まれてたのに、私と会うようには金本くんに頼んではくれなかったんだよね?」
「そ、それは」
 言い出そうとしたら里奈が現れたから。なんて言葉は言い訳にしか聞こえない。
「どうして? どうして協力してくれなかったの?」
「別に、協力しないつもりだったわけじゃない」
「でも、結果的にはそうでしょう?」
 里奈が一歩を踏み出す。ツバサはそんな彼女に声も出ない。
 いつもの彼女じゃない。いや、小さな声や自信無さげな視線はいつもの事だ。だが、何かが違う。
 シロちゃんって、こんなにはっきり発音する子だったっけ?
 里奈自身、動揺している。
 私、何を言ってるんだろう? どうしちゃったんだろう? 美鶴を責めて何になるの? そもそも悪いのは私よ。私がしっかりしないからいけないのよ。金本くんだってそう言ってるじゃない。
 胸がギュッと締め付けられる。
 金本くんが言っている。私は情けないって。もっとしっかりしなきゃいけないって。だから、だから、気になるなら聞かなきゃいけない。どうして美鶴は協力してくれなかったのか?
 ツバサが美鶴に頼っていたなんて知らなかった。ツバサは頼まれ事を放棄するような子じゃないはずだから、きっと本当にツバサではどうしようもなかったんだ。だから、美鶴からの頼み事なら金本くんは承諾するかもしれないって。
 息苦しい。
 ツバサじゃ説得できないくらい、私は嫌われているんだ。でも、美鶴からの言葉だったら。
 呼吸が乱れる。必死に整えようと拳を握る。
 美鶴からの頼み事なら、金本くんは、承諾したのかもしれない。
 胸が痛い。どうしてこんなにも苦しいのだろう?
 金本くんは、美鶴に頼まれたら、ひょっとしたら私と会ってくれたのかもしれない。でも美鶴は、金本くんには伝えてくれなかった。どうして? どうして伝えてくれなかったのだろう? ちゃんと伝えてくれていれば、チョコだって用意してちゃんと渡す事ができたかもしれないのに。
 チョコレート。私が、手作りでチョコレートを用意したから?
 だから美鶴は――――
 どうして?
「どうして?」
 心内で呟いた言葉が口から零れる。
「どうしてなの? どうして協力してくれないの?」
「だから、別に協力しないつもりじゃ」
「じゃあ、どうして今まで会ってもくれなかったの?」
 美鶴は瞳を見開いた。
「会ってくれなかったよね? ツバサから聞いてたはずでしょう? 私が会いたがってるって。近くに住んでるから美鶴の住所を知りたがってるって。美鶴、知ってるはずだよね?」
 答える事ができない。沈黙を続ける態度が、里奈の心を煽る。
 どうしたのだろう? 何が里奈を突き動かすのか?
「どうして会ってくれなかったの? 会いたくなかったの?」
「それは?」
「私の事、まだ嫌いなの?」
「そういうワケでは」
「澤村くんの事があったから?」
「あれはもうどうでもいい」
「じゃあ、金本くん?」
「は?」
 美鶴は返答に窮した。
 じゃあ、金本くん?
 それは、どういう意味だ?
 同様に驚きの表情を浮かべる聡などには目もくれず、里奈はまっすぐに美鶴を見つめる。
「金本くんが私と美鶴を会わせたくないって言ってるから?」
「何それ?」
「金本くんが言うからそれに従ったの?」
「ちょっと待って。何の事だか」
「私と金本くんを会わせたくないから、だから協力してくれなかったの?」
「何を言ってる? 言われている意味がわからない」
「美鶴は金本くんの事が好きなの?」
 三人とも、言葉を失った。ただ一人、里奈だけが頬を少し紅潮させている。それは北風のせいだけではない。
「美鶴、金本くんの事が好きなの?」
「ち、違う」
 美鶴はなんとか否定した。聡の心情を思って一瞬躊躇ってしまったが、違うものははっきりと否定しなければならない。でなければ、また厄介な誤解を招きかねない。
 なんだか、すでに誤解が生まれているような気配もするのだが。
「私は聡の事は」
「でも、私と金本くんを会わせるのは嫌だったのよね?」
「嫌だったワケじゃない」
「じゃあどうして? どうして協力してくれなかったの?」
「だからそれはっ」
「どうしてよっ どうしてなのよっ!」
 ヒステリーのような声をあげる。
「どうして? 本当は金本くんの事が好きなんじゃない?」
「違うっ!」
「じゃあどうして」
「いい加減にしろっ!」
 聡の怒号に里奈の身体がビクリと震える。見上げる先で、小さな瞳が突き刺すようにこちらを睥睨している。
「どうして、どうして。お前はそれしか言えねぇのかよっ」
 地を這うような声。
 怒ってる。
 里奈は唇をキュッと結んだ。
 金本くん、すごくすごく怒ってる。どうして? それはきっと、美鶴の事が好きだから。
 金本くんの好きな人は美鶴。とっても大好き。知っている。ツバサから聞いている。好きな美鶴が困っているのを見てこんなに怒るほど、金本くんは美鶴が好き。
 なのに、美鶴は。
「美鶴、最低よ」
 里奈は震える声で言った。
「好きでもないのなら、どうして私と金本くんを」
「だからそれは」
「じゃあ、なんで好きでもない人とキスなんてしようとしてたのよっ」
 絶句する美鶴。
「さっきしようとしてたでしょう?」
「あ」
 思い出し、火照(ほて)りそうになる頬を必死に引き締める。
「最低ね。好きではないけれど、私とは会わせたくない。キスもする。それって最低よ」







あなたが現在お読みになっているのは、第16章【カカオ革命】第2節【手作りの魔力】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第16章【カカオ革命】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)